高齢化社会に向けての建築 2008年3月24日

副題:高齢者のための住宅

株式会社 鈴木建築設計事務所 代表取締役 藤原 薫

私は今年で55歳になります。高齢者という年代は私にとって決して遠いものではなく、自分の事として感じるようになりました。私自身、決して健康的な生活を送っているわけではなく、高齢者になった時に自分らしい生活ができる健康状態にあるのか不安になることがあります。そんな中で、ふと頭に思い浮かべることを書きつづって見たいと思います.
高齢者のための住宅(福祉施設を含む。)には二つの側面があります。一つは高齢者にとって機能的に住みやすい住宅という側面と、二つ目は心理的に住みやすい住宅という側面です。
まずは、機能的な側面について述べます。福祉施設では特別養護老人ホーム、グループホーム、新型特別養護老人ホーム、小規模多機能型居宅介護施設、介護付き有料老人ホーム、高齢者専用賃貸住宅など社会状況の変化や医療的研究の進歩に合わせて変遷して来ましたが、現時点では地域力を生かした在宅居住が重要であるという認識に導かれています。まさに2006年4月に制度化された小規模多機能型居宅介護施設は、収容からの転換として地域で在宅居住を支援するものとして生まれました。今後、益々少子高齢化が進み、かつ国と自治体の財政は危機的状況にあるわけですから、上で述べた施設の充実には民間活用といってもおのずと限界が見えます。これからはデンマークに見られるように、ケアと居住を分離した在宅居住が中心になるものと思われます。ただ現在の住宅は決して高齢者にとって住みやすいものではなく、身体の機能劣化を補うために、最近では車椅子生活を想定したバリヤーフリー対応のリフォームや新築が進んできています。手摺つき浴室や椅子に座ったまま台所仕事ができる流し台など在宅居住を支援する身近な工夫もなされています。
次に心理的な側面について述べます。人は過去の記憶の中で生きています。ある日、目がさめた時にまるで記憶にない建物の中にいるとしたら、強い恐怖を覚えることでしょう。健常者の方にとっても認知症の方にとっても程度の差こそあれ共通しています。また不運にも震災にあって家を壊さざるをえず、その解体作業を見ながら涙を流す老夫婦の姿を映像で見られた方もいらっしゃるでしょう。心中察するに余りありますが、これは唯一の財産を失ったということよりも、かけがえのない記憶を一瞬にしてかき消されたことに対する強い悲しみによるものだと思われます。不安や悲しみはすべて記憶に起因しています。高齢者になってから記憶の痕跡のない住宅に住むのは、不安で落ち着かないものです。私達が古い建物や家具に愛着を感じるのは何世代にもわたって記憶を共有できていること、そのたたずまいに威厳や風格を本能的に感じることによるものと思われます。残念ながら機能優先の現代住宅は年を経ても威厳や愛着を感じさせることは少ないことでしょう。私自身は長く記憶に残る家づくりの重要性が認識されなければならないという危機感を強く持っていますし、その責任の大部分は私達設計者にあると思います。
ついの住みかとして安心して在宅居住するには、それを支援する地域力が不可欠です。日常の生活においては人との絆が主であり、建物の役割はあくまでも従にすぎません。人や地域との絆が希薄になっている現代社会の中で、この絆を取り戻すことこそ高齢者の在宅居住にとって一番大切な視点であると思います。最期まで自分らしく自由に生きる居住環境を一人の設計者として、そして地域に住む一人の住民として考え続けて行きたいと思います。

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