「世界の言葉」と「地方の言葉」 (1) 2012年4月9日

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幸福 輝(国立西洋美術館)

「音楽は世界の言葉」という言い方がある。たとえ、言葉がわからなくても、文化的・歴史的背景を知らなくても、ひとつの音楽が伝えるメロディーや曲想が遠い異国の人々の心をつかむことがあるといった意味であろう。歌詞の正しい意味を知らなくてもビートルズの歌を口ずさみ、喜んでモーツァルトやブラームスを聴くわれわれの生活を考えれば、まさしく、音楽は国境を越えた言葉なのかもしれない。

基本的には、美術も音楽に準じるものである。音楽が聴覚の対象であるように、絵画は視覚の対象であり、言葉による説明は要らない。ゴッホやレンブラントの絵を見る者は、なにより、そこに描かれた形と色彩とを見るのであり、彼らがオランダの画家だからといって、オランダ語に通じている必要はない。しかし、西洋美術の歴史を長く勉強してきた現在、美術は――そして、おそらくは音楽も――「世界の言葉」ではなく、むしろ、「地方の言葉」ではないかとの思いを強くすることが多くなってきた。

ニューヨークで活動する南米出身の芸術家と、アフリカ系フランス人が東京で二人展を開催するといったことが日常的におこなわれている現代美術の世界においては、「世界の言葉」が支配的である。そこで国籍は重要ではないし、自国の伝統を過剰に意識した作品は、むしろ、安易なナショナリズムとして否定されてしまう。瞬時に世界にアクセスし、その情報を得ることのできる現代においては、美術もまた世界基準であることが求められているのだろう。

他方、美術が「地方の言葉」であることを強く意識させる世界もある。意外に思われるかもしれないが、それは、美術館である。 言うまでもなく、美術館は絵画や彫刻を鑑賞する場である。例えば、ルーヴル美術館では、館内地図を片手に《モナ・リザ》や《ミロのヴィーナス》を探し回る来館者が溢れている。彼らにとって重要なのは、特定の著名な作品を見ることである。それがどのような文脈で展示されているのか、その周囲にどのような作品が配されているのかといったことに関心が寄せられることはほとんどない。しかし、作品を見ることは、作品鑑賞の入口に過ぎない。その作品を生みだした歴史的背景や美術史的な前後関係も、また、広い意味での作品鑑賞なのである。

現在、ほとんどの美術館では、「美術史的展示」がおこなわれている。「美術史的展示」などと言うと難しいことのように思う人がいるかもしれないが、要するに、国別・時代順の展示方法である。

美術館は、19世紀の歴史主義が生んだ文化施設である。革命を経験したこの時代、ヨーロッパでは市民社会の意義が認識され、かつて国王や貴族が所有していた美術コレクションは広く国民に開放されるべきだとする機運が生まれた。この一種の民主主義は、他方、多様な過去の美術に向かい合おうとするもうひとつの民主的歴史観とも連動していた。革命以前のヨーロッパでは、例えば、古典主義的な美の規範が幅をきかせ、そこから逸脱するような表現を抑圧し、あるいは、風景画を蔑むような、さまざまな序列が美術の世界を支配していた。こうした過去の遺産を精算した19世紀の民主的歴史観によって、さまざまな時代の、多様な傾向をもった作品が、新しく生まれた美術館の中で並んで展示されるようになったのである。「美術史的展示」は、まさに、こうした民主的歴史観の具体化であった。

しかし、美術館を生んだ19世紀ヨーロッパは、また、ナポレオン失脚後に各国が近代国家としての整備を急いだ時期に重なってもいた。「美術史的展示」を実現した民主的歴史観は、同時に、自国の文化的アイデンティティの確立という矛盾した使命をも帯びていたのである。そこでは、無意識のうちに自国文化の優越性が称揚され、とても民主的とは形容できないような、それどころか、時に、隣国の文化を貶めるような狭隘なナショナリズムが胚胎していた。

そのような社会的背景のもとに生まれた美術館においては、美術作品の芸術的・普遍的価値と歴史的・個別的価値との両者が同時に探究されていくことになった。このふたつは共存しつつも、時に、激しくぶつかり合うこともあったのである。

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