「世界の言葉」と「地方の言葉」 (2) 2012年4月9日

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幸福 輝(国立西洋美術館)

美術館におけるナショナリズムの典型的な例を、例えば、ルーヴル美術館の展示に見ることができる。ここでは絵画部門に限定して話をすることにしたいが、ルーヴル美術館の展示は、徹底した「画派主義」である。「画派主義」という言葉がわかりにくければ、国別展示と言い換えてもいい。すなわち、ルーヴル美術館では、コレクションの中核をなす「フランス画派」、「イタリア画派」、「オランダ・フランドル画派」の3つに完全な独立性が与えられ、全く別方向に展開する展示室に、それぞれの画派に属す絵画が飾られている。独立性を与えられているのはフランスだけではないため、一見したところ、ルーヴルの展示をナショナリズムと結びつけるのは見当違いのようにも見える。しかし、ルーヴルでは質量ともにフランスが他の画派を圧しており、結果として、この美術館における国別展示はフランス画派の称揚につながっている。

フランス絵画の歴史を学ぶなら、これほど見事な、都合のいい展示はない。しかし、違和感も残る。当然のことであるが、フランスの歴史はフランスだけでは成立しない。ジャンヌ・ダルクで有名な英仏百年戦争から、対独レジスタンスまでの歴史を考えればすぐわかるように、この国の歴史は周辺諸国との関係性においても成り立っている。イギリスやドイツなしにフランスの歴史はないのである。これは、絵画でも同じである。しかし、ルーヴルの「画派主義」による展示は、まさに、そのような対外的関係を一蹴したところから始まっているとも言えるのである。

美術館におけるこのような国別の展示は、もともと、美術はその国の文化に根差したものであり、なによりも地方性を重視し、地理的分類が優先されたところに起因する。本来、多様な文化を許容することから生まれたはずの国別展示なのだが、どこかで、ナショナリズムの干渉を受けて変容し、また、様々な理由から、特定の作品に地理的制約を超えた演出が施されることもあった。
こうして、美術館では「地方の言葉」と「世界の言葉」とがせめぎ合い、あるいは、両者の均衡をとる努力が払われてきたのである。ルーヴルに比較して遥かに緩やかな国別展示が試みられているロンドンのナショナル・ギャラリーでは、結果として、「全欧主義」とでも解釈できる成熟したイギリス文化の一面を見ることができるし、イタリア、ドイツ、オランダ、フランドルと多岐にわたる画家たちが競い合ったハプスブルク宮廷のコレクションを母胎とするウィーン美術史美術館では、むしろ、国別展示を抑制するような展示が試みられている。

優れた美術作品に普遍的価値があるのは、否定できない事実である。ルーヴル美術館で《モナ・リザ》を鑑賞することは、ある意味で、この作品の「世界の言葉」としての価値を認識することかもしれない。しかし、ひとつの作品の周囲に他のどのような作品が飾られているのか、さらに、その部屋に隣接する部屋にはどのような作品が展示されているのかを知ることも、美術館が与えてくれるもうひとつの貴重な体験である。こうした見方をする鑑賞者に、個々の美術作品は、きっと「地方の言葉」で話しかけてくれるに違いない。

《モナ・リザ》や《ミロのヴィーナス》というフランス美術ではない作品を館の代表作にもっていることもあり、ルーヴルは世界に開かれた美術館であるとの印象が強い。それは間違いではない。しかし、同時に、この美術館はフランスの歴史と文化とを体現し、フランスという「地方の言葉」を雄弁に語る組織でもある。同じことは、ひとつひとつの絵画にも言える。《モナ・リザ》がルーヴルの至宝であり、フランスが誇る世界的文化遺産であることは言うまでもない。しかし、それは、16世紀初頭のフィレンツェで制作された肖像画なのである。

いたずらに、この作品に「地方の言葉」を求める必要はないだろう。でも、あまりにも「世界の言葉」の洪水の中で、《モナ・リザ》は困惑しているようにも見える。世界中を簡単に旅行できるような現代において、「地方の言葉」は忘れられがちである。けれど、そのような時代だから、「地方の言葉」を思い出したい。その積み重ねこそが、「世界の言葉」につながるものであることを忘れないようにしたい。《モナ・リザ》だって、時には、トスカーナ訛りのイタリア語で話しかけられるのを待っているのかもしれない。

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