耐震強度偽装事件 2006年4月14日

藤原 薫
私が大学生の頃だった30年前はまだ大地震に対する構造設計法がない時代であり、恩師(和泉正哲東北大学名誉教授 免震・制震工法の草分け的存在)の影響もあって新しい構造設計法を作りたいというのが私の大きな夢となりました。大地震から人命と建物を救いたいという純粋な気持ちを抱いていました。それから長年多方面で耐震設計の向上に努力と情熱をささげてきた私にとって、昨年末に起きた耐震強度偽装事件は口に出すのもおぞましいショッキングな出来事でした。

事件の背景として、バブル崩壊後の急激な設計料の低下とそれと逆行するかのような設計期間の短縮、近年のコンピュータと構造計算ソフトの低廉化に伴い、設計料カット優先の風潮の中で技術力のない構造設計者であっても自身の能力を超えた設計を依頼される機会が多くなってきたこと、構造計算書を確認審査する地方自治体には構造の専門家がほとんどいないこと、民間の検査機関には構造の専門家がいるが、検査料金が低いために計算書のチェックにかける時間が少ないこと、設計・施工・監理の流れの中で多段階チェックがかからない仕組みになってきたことなどが上げられます。ライブドア事件に見られるようにお金至上主義で社会全体の倫理観が低下している最中に、まさに、これらが最悪のタイミングで相乗効果をもたらし、このような忌まわしい事件が起きてしまったと考えています。

さて、構造計算書の偽造は簡単に見抜けるかというと、経験をかなり積んだ私であっても否定的です。テレビや新聞で報道されるように、経験が十分あれば簡単に見抜けるというのは暴論に聞えます。民間の専門検査員は構造設計者出身が多いのにも関わらず、100%偽造を見逃した事実からも偽造を見ぬくことの難しさがわかります。偽造を見抜くには検査員自らが手を動かし時間をかけて構造計算書を照査するような地道な方法が必要です。今回の事件は設計に与えられた時間が少ないという中で技術力のない構造設計者が能力を超えた設計をすることになり、果ては正しい設計を行うことができずにその結果が偽造に至ったというのがいろいろな情報からたどり着いた私の結論です。札幌の事件も建築士自ら告白しているように同じです。

構造設計は人命をあずかる仕事ですので、高い倫理観がなければ本来やってはならない職業です。構造設計はコンピュータとソフトさえあれば誰でも簡単にできるというものではありません。やはり設計の腕(技術力)には大きな差があります。コンピュータや構造計算規準がどんなに進むにせよ、構造設計者の技術力と適性に応じて設計できる建築物の領域を制限することが必要でしょう。これは、医者や弁護士にも共通する問題ではないでしょうか。これには、適正な設計報酬の問題は避けて通ることはできません。構造設計者の法的責任と構造計算書の審査の強化をすれば解決するというような皮相的な問題ではないのです。

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