フェルメールはお好きですか。 2012年8月27日

幸福 輝(国立西洋美術館)

 フェルメールが大変な人気である。その宣伝ポスターで、この画家の《青いターバンの少女(真珠の耳飾りの少女)》を「世界で最も有名な少女」と謳った「マウリッツハイス美術館展」が開かれている東京都美術館には、連日、大勢の人が押し掛けているようだ。国立西洋美術館で開催されている「ベルリン国立美術館展」にもフェルメールの《真珠の首飾りの少女》が出品されていて、やはり、展覧会の目玉になっている。今や、フェルメールが含まれた展覧会なら成功間違いなしといった感さえある。

マウリッツハイス美術館展(2012年)広報用ポスター
マウリッツハイス美術館展(2012年)広報用ポスター

 ヨハネス・フェルメール(1632年―75年)は、17世紀オランダの画家である。この画家のほとんどの作品は室内に佇む女性の姿を描いたもので、単純な構図に潜む詩的雰囲気になんとも言えない魅力がある。いわゆる風俗画と呼ばれるジャンルに属すフェルメールの作品が人々を惹きつける理由のひとつは、そこに主題がないこと、物語という虚構の演出ではなく、日常の一場面が切り取られたかのような、その近代的造形性にあるといって言いだろう。

 あまり意識することはないかもしれないが、ヨーロッパ絵画の代表として広く知られている印象派とかバルビゾン派といった19世紀フランス絵画は、主題のない絵画である。19世紀フランス絵画は、それ以前は絵画の主流を占めていた物語画(主題のある絵)から主題を排除して、純粋な造形に向かっていくまさに過渡期だった。

 「主題のある絵」とか「主題のない絵」といっても絵画の歴史を学んだことのない人には少しわかりにくいかもしれないが、要するに、ルネサンスやバロックの時代、絵画とは聖書や古代神話に由来する主題をもつものと認識されており、身のまわりの光景とか、日常生活は絵画に描くべきモティーフとは見なされていなかった。だから、カフェでくつろぐ人々の姿やテーブルの上に置かれた果実は、印象派の時代になってはじめて絵画にとり上げられるようになったのである。

 ところが、17世紀のオランダでは、19世紀フランス絵画を先取りするような現象が起きていた。そこでは、主題のない絵、すなわち、風景画、風俗画、静物画などが大流行していたのである。プロテスタント社会だったオランダでは偶像崇拝に抑制的であり、従って、宗教主題の絵画は激減した。また、17世紀オランダで絵画を購入したのは、富を蓄えた一般の市民たちだった。かつての王侯貴族にならい、大商人の中には人気の画家を雇って自宅のための絵画を描かせる者もいなかったわけではないが、多くの市民たちは、注文作(オーダーメイド)ではなく、出来合い(レディ・メイド)の風景画や静物画などを購入することで満足したのである。

 このような状況で、画家たちは自分の「芸」を確立するという市場戦略が必要だった。画家たちは自分の専門分野をもつようになり、風景画家や静物画家が誕生した。こうして、農村風景なら画家A、都市景観ならB、さらに、チーズならC、チューリップはD、銀灰色のサテンのドレスはEという具合に、特定画題やモティーフの専門家として多くの画家たちが活動する、現代にも通じるような激しい競争社会が生まれた。「家庭の中の女性」とか「室内の女性」もこうした専門分野のひとつで、フェルメールはこの分野で活動した画家のひとりだった。

 確かに、余計なものをそぎ落とし、20世紀絵画のような純粋造形に近づき、室内の静謐さそのものを絵画化したかのようなフェルメールの作品は、近代絵画を見慣れた目にさえ新鮮なものに見える。しかし、前述したように、これはフェルメールひとりの独創ではなかった。フェルメール以外の画家にも洗練された「室内の女性」を描き、フェルメールに先駆け、あるいは、この画家と競い合った画家がたくさんいたのである。

 例えば、ピーテル・デ・ホーホ、ハブリエル・メツー、テル・ボルフ、ヘリット・ダウなどは、フェルメールの作品と見分けのつかないような洗練された室内風俗画を数多く制作した。このような作品を得意にした多くの風俗画家の中で、はたして、フェルメールは本当に図抜けた存在だったのだろうか。個人の好みにもよるし、優劣をつけることには意味がないが、彼らの作品の中にはフェルメールの作品に匹敵し、あるいは、より優れた作品も少なくない。とすれば、フェルメールひとりが特別な存在として脚光を浴びるのは、むしろ奇妙なことなのかもしれない。

 忘却の淵から不死鳥のように蘇った画家というドラマ性、プルーストやクローデルといった著名なフランス文学者たちによる熱狂的賛辞、ファン・メーヘレンという稀代の盗作者による贋作事件など、フェルメールをめぐっては心躍らせるエピソードが満載である。絶対に日本に貸出されることはないと思われた《絵画芸術の寓意》(ウィーン美術史美術館)や《牛乳を注ぐ女》(アムステルダム国立美術館)さえもがやってきたこともあり、この画家の人気は高まった。一度、神格化されると、それはさらなる神話を呼び寄せ、その興奮が人々をフェルメールに走らせる。

フェルメール「牛乳を注ぐ女」とオランダ風俗画展(2007年)広報用ポスター
フェルメール「牛乳を注ぐ女」とオランダ風俗画展(2007年)広報用ポスター

 でも、考えてみたい。18世紀、この画家は誰の注目を集めることもなかった、19世紀、彼はようやく復権したが、その評価はレンブラントやフランス・ハルスに遠く及ばなかった、現在、東京で大歓迎を受けている「世界で最も有名な少女」は、1984年、国立西洋美術館で展示されたが、入場者は15万人とごく慎ましいものに過ぎなかった。これらの事実は、遠からず、フェルメールへの熱狂がさめる日がやって来ることを示唆している。フェルメールの魅力は、なんといっても画面を支配するその静けさである。フェルメール・バブルの喧騒が去り、再び、静かな環境でこの画家の作品を見たいと思うのは、決して、ひとり筆者だけではないだろう。

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