地方を担う若い設計者を育てる(平成25年1月号に日事連投稿) 2012年11月6日

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株式会社鈴木建築設計事務所 代表取締役  藤原 薫

私は今年巳年に60歳還暦を迎えます。全くの偶然ですが実父も義理の父も私と同じ巳年生まれで、二人とも同じ満67歳の時にがんで亡くなっています。3月で還暦を迎える私は、まずこれから67歳までの時間を悔いのない充実したものにしたいと考えています。

私は父が36歳の時に生まれました。今生きていれば父は96歳です。父は2度の戦争を経験し、戦争に大切な青春時代を奪われた世代の人です。父はとてもユーモアがあり大変優秀な人でした。どんなに才能があっても、戦争という環境下では豊かであったはずの人生を踏みにじられてしまうのだというのが幼い時の私にもよくわかりました。そんな父でしたが、一度も自分の不遇を口に出したことはありませんでした。父の老後の小さな夢は75歳まで生きて、自分が勉強したかった経済学をもう一度本格的に学ぶことでした。しかしそれは実現せずに亡くなりました。やる気さえあれば自由に勉強ができて、自由に職業を選べる時代に育った私はそのこと自体を大変幸福なことだと常に胸に刻んでいました。父のような不遇な世代の人々の犠牲に立って今の我々の幸せがあるのに、現在の日本は不満で凝り固まった利己的な人が多くなっているように思えます。自分がとても恵まれた境遇にいるのにそれを幸せと感じられない心の貧しさを強く感じます。

私は16年前に義父の願いで山形にある設計事務所を継ぐことを決意しました。決意を告げた一ヶ月後に義父は亡くなりました。肺も悪くして衰弱していましたが、こんなに早く亡くなるとは全く思いませんでした。私に託して安心したのかもしれません。それまで東京にあるゼネコンの設計部で充実した生活を送っていた私にとって第二の人生が始まりました。全く異なる人生でしたが、もう一つの自分を発見することができました。

今の私の願いは若い人たちがのびのびと才能を伸ばせる環境を整え、次代の地方を担っていく質の高い設計者を育てることです。いいえ、育てるというのはおこがましく、育つ環境や機会を彼らに提供するだけです。このように考えるのは才能を伸ばす機会に恵まれなかった父のことを潜在的に意識しているからだと思います。環境づくりには、やはり本物のコミュニケーションや信頼関係というものが大切だと思います。長い時間を費やしましたが、今その手ごたえがあります。今年からその総仕上げにかかります。私もその中で一緒に成長したい。これから私の第三の人生の始まりです。

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