随想ブリューゲル(4) ブリューゲルのこどもたち 2015年3月27日

幸福 輝 (国立西洋美術館)

 「美術館に勤務しています」と答えると、「素敵なお仕事ですね」と返されることがよくあった。こう言われて悪い気はしないが、無論、お世辞というか社交辞令である。言った人も言われたほうも、何が素敵なのかはわからない。まさか、ワイン片手に絵を眺めているのが美術館の仕事だと思う人はいないだろうが、これは美術館(とそこで働く人)がいかに世の中でマイナーな存在であるかを示すエピソードのひとつかもしれない。とはいえ、美術館の仕事が雑多なものであることは間違いない。本を読んでいることも多いので、研究者的な側面もある。が、研究ばかりしているわけではない。展示作業の時などは一日中走り回っていることもある。お役所風に言えば美術館は社会教育機関ということになるのだが、こう説明したところで美術館の仕事が明らかになるわけでもない。

 多くの人が美術館と接するのは展覧会である。そのため、美術館というのは展覧会をする場所であると思っている人は少なくない。が、展覧会は美術館の本来の役割ではない。展覧会は美術館を活性化させるために生まれたいわば「特別メニュー」である。「特別」があるのなら、「通常」があるのが道理だ。美術館の「通常メニュー」は所蔵品の展示、つまり、それぞれの美術館が所有している作品の展示である。本来、美術館は特定のコレクションを保存管理するために生まれた組織である。しかし、いつもそこにあるモノは日常に埋没し、忘れられる。これを打破するために考えだされたのが「特別メニュー」である。展覧会は集客をひとつの目的とするので、人が集まるようなさまざまな仕掛けをおこなう。美術館が展覧会から受けた果実は大きい。しかし、展覧会は一過性のもので、終わってしまえばカタログが1冊残るだけである。展覧会が虚しいとは言わないが、「特別」は「通常」があればこそ成り立つ。地味な仕事だが、「通常メニュー」の充実、すなわち、作品購入による所蔵品の形成は美術館にとってとても重要な仕事である。筆者も長い美術館生活で幾点かの絵画を購入する機会があった。

アブラハムとイサクのいる森林風景

ヤン・ブリューゲル《アブラハムとイサクのいる森林風景》(1598年)
国立西洋美術館

 筆者が購入した作品の中で、最も印象に残るのは2点のブリューゲルである。といっても、有名なブリューゲルではない。この画家のいい作品がマーケットに出ることはもうない。しかし、ブリューゲルにはふたりの息子がいた。長男ピーテルと次男ヤンである。画家としては次男のほうが格上だった。ルーベンスとも親交があったヤン・ブリューゲルは、17世紀フランドル絵画を代表する画家のひとりである。特に、風景画と花の静物画を得意にし、その精緻な細部描写には定評があった。この画家の作品を購入すべく、欧米各地の画商で幾点もの作品を見たのだが、なかなか購入に踏みきれないまま数年が経過した。そんな時、ロンドンの画商から《アブラハムとイサクのいる森林風景》が提案された。画面左奥に広がる深い森と右奥の青く煙る遠景とが見事な対比をなし、前景に旧約聖書のモティーフが添えられたヤンの典型的な初期の風景画である。1年間の調査後、購入の内諾にこぎつけることができた。長い時間をかけたからいい作品と出会えるわけではないが、ヤンの作品を探し始めてからおよそ5年が経っていた。その間、多くの研究者と意見交換し、また、画商からもさまざまなことを学んだ。作品購入は美術館員を鍛える場でもある。

 その数年後、今度は長男ピーテルの作品を購入する機会があった。ヤンとは対照的に、こちらは出会いから購入まで僅か数か月のスピード購入だった。この作品の購入の顛末を「ちょっといい話」として読売新聞に書いたことがあったので、その一部を紹介してみたい。

昨年11月、冬支度に追われるブリュッセルを訪ねた。今年の9月から国立西洋美術館で開催される「ベルギー王立美術館展」に関する最終協議のためだったが、もうひとつ別な目的もあった。ベルギー王立美術館近く、多くの骨董商が軒を連ねるサブロン広場で、ある画廊が企画したフランドル絵画の展覧会を見たかったのである。展示作品の中で目を惹いたひとつが、ブリューゲル(子)の《鳥罠のある冬景色》だった。熱心に見る筆者に近づいてきた画廊の主人は、意外なことを言い出した。この作品は日本のコレクターから出たものだというのである。

鳥罠のある冬景色

ピーテル・ブリューゲル(子)《鳥罠のある冬景色》 
国立西洋美術館

農民風俗や月暦画の画家として有名なブリューゲル(父)にはふたりの子供がいて、長男は同名のピーテルを名乗った。父と区別するため、ブリューゲル(子)と表記されることが多い。長男のピーテルは父の作品のコピーを量産した画家として知られている。大量生産であるから、中には粗悪品も混じる。とはいえ、この画家が少なからぬ優品を残したことも事実で、展示されていた作品は、雪に覆われたフランドルの農村とそこにふりそそぐ光が丁寧に描写された見事な風景画である。奥の部屋で、作品を点検させてもらうことになった。作品の裏を見た筆者の目に飛び込んできたのは、「読売新聞社」と「松方コレクション」いう文字だった。
松方コレクションという言葉を知る人も少なくなったが、川崎造船の社長であった松方幸次郎(1865-1950年)によって収集された美術品は、日本人による最初の西洋美術コレクションとして重要な意味をもっている。また、1959年に開館した国立西洋美術館は、もともと松方コレクションの一部を受け入れ、展示する施設として設立されたものである。松方のコレクションは三つに大別される。ロンドンにあったものは1939年に焼失した。パリに残されていたものは、第二次大戦後、敵国財産としてフランス政府によって没収され、1959年、日本に返還された。現在、国立西洋美術館に所蔵される松方コレクションがこれにあたる。しかし、これ以外に第三のグループがあった。それは戦前に日本に持ち込まれた作品群で、それらは長い年月の間に散逸していった。このグループは「旧松方コレクション」と称され、現在もさまざまな形で調査が続けられている。
ブリュッセルで発見され、このたび国立西洋美術館が購入したブリューゲル(子)の《鳥罠のある冬景色》は、この旧松方コレクションに属す作品である。作品裏面のラベルは、1957年に日本橋白木屋デパートでおこなわれた展覧会の際に貼られたもので、それを主催したのが読売新聞社だったのである。国立西洋美術館にある松方コレクションがロダンやモネを中心としているため、松方コレクションといえばフランス近代美術をさすものと一般には思われている。けれども、このブリューゲルは、松方コレクションのもうひとつの側面を示唆している。決して多くないとはいえ、松方がブリューゲルなどの古画をも購入していたという事実は、彼の関心がフランス近代美術だけに向いていたわけではなかったことを物語っている・・・・・
  (幸福輝「散逸ブリューゲル帰国」、読売新聞2006年8月24日朝刊記事より)
 

 こうして、ブリューゲルのふたりのこどもたちは西洋美術館のコレクションの充実に一役買うことになった。お父さんにはかなわない。だが、どちらも17世紀フランドル絵画の一級品である。機会があれば、展覧会だけではなく、ブリューゲルのこどもたちの作品もその一部となっている西洋美術館の「通常メニュー」ものぞいてみてください。

 

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