「建物の下はこんなにおもしろい」 2001年7月28日

第6市民講座 「建物の下はこんなにおもしろい」
東北大学建築学科50周年記念イベント  2001年7月28日 講師 藤原 薫

以下は、仙台市民向けの講座内容の概要を抜粋したものです。部分的に加筆修正しています。

1.私の職業は構造設計者
私の職業は建物の構造設計者(structural engineer)です。皆さんにはなじみのないたぶん知らない職業でしょう。建物の設計は4分野の設計者が共同で行います。意匠設計者、構造設計者、機械設備設計者そして電気設備設計者です。意匠設計者の中でも皆さんがご存知の安藤忠雄氏のように建築家と呼ばれる方もいます。英語ではarchitect(アーキテクト)と言い、欧米では社会的に弁護士や医師などと同じ高い地位で評価されています。皆さんが漠然とイメージしている設計者は意匠設計者ですが、その共同設計者を知ることはまずないことでしょう。
設計者って何をする人なのでしょうか。建物を人の身体に例えてお話しましょう。まず意匠設計者は身体の造形(ボリューム、配置)を担当します。肌やプロポーションそして美しさを追求します。構造設計者は身体を支える筋肉や骨(専門用語では構造
structure と言う。)など強さやしなやかさを担当します。建物では柱、梁、壁、床などです。機械設備設計者は肺や胃腸など循環器、消化器系を担当します。建物では冷暖房空調、給排水設備などです。電気設備設計者は神経・制御系を担当します。建物では照明、電気配線、感知器などです。いわゆる人間の脳にあたる部分の設計は電気設備設計の範囲でしょうが、これはまだ人間のようには十分に発展していません。これからはより高い知能(intelligence)を持った建物が出てくることでしょう。
何故、私は構造設計者という職業を選んだのでしょうか。私は小学校6年生の修学旅行の時に、初めて代々木のオリンピック競技施設を見ました。その造形に強烈な印象を持ちました。ちょうど東京オリンピックが開催された年でした。偉大な学者であり、また構造設計者でもあった坪井善勝博士の力がなければ、建築家丹下健三の力だけでは、あの造形ができなかったことは後に知りました。中学生、高校生の時には数学、物理そして美術に興味があったので、大学は文系と理系の中間に位置する建築学科を目指しました。しかし、大学に入って早々に造形の才能に見切りをつけ、代わりにコンピュータと構造関係の分野の勉強に力を傾け、大学卒業前には職業として迷わずに構造設計者を選びました。当時、構造の分野は未解決の課題が多く、将来自分の力で解決してみたいという強い願望があったからです。特に地震に対する建物の構造設計法は発展途上だったのです。
(注記)
私は大学4年生の時に東北大学建築学科の構造力学研究室(和泉正哲先生)で学びました。あの坪井善勝先生もこの研究室の担当教授の頃があったと研究室に入ってから聞きました。坪井先生の逸話を助手の方から聞くのはとても興味深いものでした。

2..私の仕事場
私の仕事の作業環境は、ここ10数年間で随分と変化しました。仕事のほとんどはコンピュータで処理します。コンピュータ同士はLANで接続され、全ての技術情報はサーバーに蓄えられ設計者同士で情報の共有化を図っています。設計図面もコンピュータ上で描きますし、構造設計に必要な技術計算などもコンピュータで行います。チームを組む設計者同士が互いに仙台や東京と遠く離れていても、場合によっては海外でも今はインターネットで簡単に情報や成果品の受け渡しができます。時間的空間の距離は急速に縮まり、設計の仕事をする上でもいろいろな可能性が出てきました。しかし、通信費は頭の痛いところです。(2004年現在では通信業者間の激しい競争おかげで、この悩みは解消しました。)20数年前はと言えば現在のコンピュータは昔の電卓と製図板であり、図面の受け渡しに使うインターネットは郵便でした。当時のコンピュータは1台数億円もし、電卓は一台30数万円ととても高価で個人で所有することは無理でした。便利になったといっても私にとっての大事な情報は、収集した書籍と学術論文などの紙による技術資料です。これは今も将来も変わりません。時代が進んでもペーパー情報は消えないでしょう。フェース・ツー・フェースの心の通った会話も同様に大切です。

私の仕事場(EWS、PC、書棚)

3.建物の基礎構造と地盤
基礎の強さはそれを支える地盤の強さに左右されます。建物を建てた時、その地盤が建物の重量に耐えられなかったとしたら、建物は沈下したり傾いたりします。地盤を調べることを地盤調査と言います。地盤調査には、結構な時間とお金がかかります。(戸建て住宅で10~30万円)しかし、地盤調査を行えば経済的に適切な設計ができるので建物の安全性に対する安心感も高まり、更に地盤調査を行わない場合よりも結果的には建築費を下げることができます。(2000年の建築基準法改正により戸建て住宅で基本的に地盤調査を行う必要があります。)

4.地盤調査は病院の検査と同じで大切なもの
構造設計者は地盤の強度などを自分で調べるわけではありません。地盤調査会社という地盤の性質を調べる専門の業者がいます。設計者は彼らがまとめた調査報告書を分析し、それを下に経済的で十分安全な基礎を設計します。簡易的に地盤のよしあしを判別するには地名なども役に立ちます。糠ノ目(ぬかのめ)や谷地(やち)などという地名は明らかに地盤の悪いところを意味します。土地を購入する場合、古くからある地名にはヒントがありますから気をつけましょう。
地盤の中でも気をつけたいのは、軟弱な地盤と液状化地盤です。軟弱な地盤であればピサの斜塔のように地盤が建物を支えきれずに建物が傾いてしまう危険性があります。液状化地盤とは新潟地震や兵庫県南部地震で起きたように地震の揺れで砂地盤が液体のようになる流動化する現象であり、地盤が建物を支えきれなくなって建物が大きく傾いてしまいます。東京ディズニーランドに近い千葉県の幕張は液状化地盤として知られる所ですが、それは緩い海砂などで埋め立てた地帯だからです。海岸や大きな川に近いところは要注意です。軟弱な地盤や液状化地盤は確かに怖いのですが、これも地盤調査を綿密に行うことにより、対策を講じることができます。
地盤調査は病院の検査と同じで問題がなければ一安心ですし、仮に問題が見つかったとしても、その原因が明らかですから医者に治療を任せるように構造設計者に対策を任せればよいわけです。しかし、資格を持っていても医者にはヤブ医者がいるように構造設計者にもヤブ構造設計者がいますので、何らかの方法で彼らの評判を知ることが大切です。経験豊かな医者も構造設計者も調査結果(データ)だけで判断するわけではなく、経験と勘により調査では足りない部分を補足して判断します。どうせ設計を頼むなら、よい構造設計者にお願いしたいものです。

5.自分の家を建てる時に何に気をつけるか
自分の家を建てようとする時にまず何に気をつけるべきでしょうか。第一に、自分の家を建てる場所は地盤のよい所を選定すべきです。なぜなら地盤が悪いつまり軟弱な地盤や液状化が起きやすい地盤などの場合、建設費に占める基礎工事費が急激に増大するからです。仮に地盤改良や杭を必要とするような所でしたら、300~500万円くらいは余計にかかることでしょう。目に見えない部分にお金がかかるのですから心理的にたまりません。しかし、自分の気に入った場所が必ずしも地盤条件のよい所とは限りませんので、土地の選定は意外と難しいものです。造成地盤には注意してください。造成地盤は人間の手が入った人工の地盤であるために建物を支持するには不充分な場合があり、建物が傾くなどの支障が出たりします。長い時間がかかって沈下の現象が出てきますので厄介です。皆さんでも周辺の土地に立つ建物の外観を見ればある程度想像もつくでしょうが、我々専門家にちょっと相談いただければ適切なアドバイスができます。
第二に、いろいろな心配を軽減するには地盤調査を必ず行うことです。木造建物や小規模建物に適した低価格の地盤調査があります。10万円程度ですみますが、建築費3~4千万円に対したった10万円程度の出費で建物が傾くリスクを回避できるのですから安いものです。

6.天災は忘れた頃にやってくる
「天災は忘れた頃にやってくる。」という言葉は、明治時代を生きた異質の物理学者寺田寅彦が残したものです。記憶が定かではありませんが、時間が経つと災害が起きたこと自体が、人々に忘れ去られやすいということを指しているのだと思われます。そして、その教訓が生かされずに再び災害が繰り返される。日本には成り行き任せの文化的風土があり、何か事が起こってから考えるという性向があると言われます。皆さんも何となく感じていると思います。災害が起これば「仕方がない」と諦める性向です。リスク(危機)管理能力が低いと、地震や火災などの災害に対する社会的な損失をコントロールできません。へたをすると守れるはずの国民の命を危険にさらすことにもなります。社会的な損失は自分自身の損失でもあります。
欧米では災害などに対して強い建物を作ると、損害保険料が安くなり、不動産としての価値も高く評価されると聞きます。このようなしくみがあれば、災害に強い建物を造ろうというインセンティブも人々の中で強くなることでしょう。日本のように大地震が起きやすい国では、特に地震に対するリスク管理が大切なはずですが、まだ社会的な認知を受けていません。しかし、近い将来地震リスク評価が大きなビジネスになりつつあります。
仙台市は1978年に宮城県沖地震を経験していますし、ここ20年間で大地震が発生する確率が高いと新聞などで報道されています。再び災害が起こる前にリスクの分析や災害のレベル評価を行い、将来に向けて適切な対策を講じておくことが重要と思われます。(最近の新聞情報では30年間に仙台市で海洋型の大地震が起きる確率は98%と言われています。98%という数値は統計的には必ず起きると言っていることと同じです。2003年には宮城県北部で地震が発生し、多くの建物の被害が出ました。)

(注記)
2004年の新聞報道によると阪神淡路大震災による損失は11兆円にのぼると言われます。一年間の国の税収の約25%です。
2005年10月に起きた新潟中越地震は日本では珍しい地震による地盤災害といえるのではないかと思います。復興にはかなりの時間と費用がかかります。阪神淡路大震災、新潟中越地震において地盤の液状化現象が発生しています。

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