文明の慟哭―ブルーモスクとアヤソフィア 2012年3月10日

庄司 和彦 (庄司和彦設計室)
今回は、昨秋旅行したイスタンブール歴史地区でのアヤソフィアとブルーモスクについての私の独断的比較印象論です。
イスタンブールはかつて難攻不落のローマ城壁によって守られたビザンチン帝国(東ローマ帝国)の首都コンスタンチノープルでした。1493年にオスマン、メフメット2世のすさまじい攻城戦の末コンスタンチノープルは陥落し、東ローマ帝国は千年の幕を閉じました。この戦いは地中海覇権の結着であったばかりでなく、その後欧州を中心とした世界史の流れを決定したターニングポイントでもあったのです。
その結果、ハギア・ソフィア大聖堂はアヤソフィア・モスクに改修され、これに並ぶようにイスラム建築の傑作と言われるスルタンアメフト・モスク(通称ブルーモスク)が建設され、現在に至る美しい歴史的景観が生まれました。
海から見るとブルーモスクと

アヤソフィアが重なる
ブルーモスクの回廊から見るアヤソフィア
並び立つこの2つの大建築を、私はキリスト教とイスラム教、ヨーロッパ文明とアジア文明の激突・相克ではないかと感じるのです。両者はイスラム建築とキリスト教建築の決定的な違いを示唆します。
ブルーモスクは現役の礼拝の場です。回廊に囲まれた明瞭にして広大な前庭が導入空間です。
ブルーモスクの明快でモノトーンな前庭 同:象の足と言われる4本の巨大な柱が
ドームを支える
ブルーモスクの大空間の天井は複雑なドームの集積に見えますが、基本的には周壁と4本の巨大柱(象の足)によって支えられた単純な構成といえます。機能も礼拝だけなので、大きいですが明瞭で均質な空間です。イズニックタイルの装飾が美しいのですが、いたってシンプルな空間と言えるでしょう。イスラム教は偶像禁止であるため、タイルで装飾するしか建築を権威づける方法がなかったのかと思います。
アヤソフィアの
すさまじく継ぎはぎされた外壁
アヤソフィア:複雑な内部空間を支える
巨大バットレス壁
それに対して、アヤソフィアはもともとビザンチンの大本山でしたから、円蓋式バシリカという形式で中央円蓋の周囲に身廊、側廊をもつ3重構造をしたキリスト教建築です。複雑な構造壁等が迫力ある外観をつくります。ミナレット(塔)を周りに建ててモスクに改修していますが、重層した内部空間も含めて原型は大聖堂そのままであり、それが得も言われぬ雰囲気を醸し出しているのです。
次第に高く舞い上がり重層する内部空間 塗込めた漆喰を剥がして現れた
キリストのモザイク画
アヤソフィアの内部は漆喰を剥がして出てきた驚くほど精緻な金色のモザイクタイルによるキリスト画が、そのままそこにあるのです。その塗込められ剥がされた歴史の傷跡に見る人々は圧倒されます。
貴重なモザイク画を破壊せずに漆喰で塗込めたからこそ現代に復活できたことは、トルコ人の寛容さと歴史への畏敬によったものともいわれます。
結論として「キリスト教の方が理論的により理屈っぽく、感性的にも複雑な宗教であるためにバシリカ(アヤソフィア)の方がモスク(ブルーモスク)よりも変化に富んだ空間になっている」というのが私の独断的な仮説です。さらに東西文明がここで激突し、慟哭しながらも2つの宗教を生き抜いたアヤソフィアには建築空間として圧倒的魅力を感じるのです。

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