トルコのローマ遺跡  その2 2012年3月18日

庄司 和彦

ローマ遺跡の続きです。トルコのローマ遺跡は自然の地形と一体になっているので荒涼たる風景の一部になっています。これら古代都市群は主にエーゲ海近郊に広がっています。これを見ると地中海世界の東の果てまで君臨したローマ帝国の凄さを実感できます。カエサルやアントニウスが訪れた都市もあります。これらの植民都市はビザンチン帝国に引き継がれて栄えましたが、歴史の流れでイスラム勢力に征服され打ち捨てられたのです。

欧州ではローマ建築はキリスト教建築に転用されたり継承されたりすることも多かったのですが、このトルコの荒野ではイスラム世界に変わったがゆえに、そのまま廃墟となってゆき現代ようやく発掘復元が始まりました。ですから崩れてはいますが、独立していてかつての都市の壮大さがそのままイメージできます。民族のすさまじい興亡の歴史舞台であったことも想起されるのです。

■ ペルガモン:断崖の王国

ヘレニズム時代のペルガモン王国の都であり、のちにローマに帰属した街です。300mの断崖の上に聳える遺跡群はエフェソスよりさらに荒涼としていて未完成の迫力を感じます。

往時の姿:
切り立った崖の上にたつ城塞都市
崖のエッジ:城塞の現在の様子
城塞の土留壁:
崖上の都市を支えている
断崖上の廃墟:
城塞上部はほんの一部が残る

堅牢で合理的な土留壁は、ローマ人の優れた土木技術を表しています。土留壁の内部の空間を利用して
倉庫や牢獄などに充てているのも合理的な構成です。

土留要壁の内部は通路があり
実用空間として使っている
トラヤヌス神殿、ペルガモン図書館など
アクロポリス跡
往時の神殿が偲ばれる美しい列柱 断崖利用の円形劇場:
これほど急勾配の劇場は珍しい

■ ヒエラポリス:温泉保養地の都市遺跡

トルコを代表する観光地であるパムッカレという石灰岩の棚田のすぐ脇にこの街は築かれています。

ヘレニズ時代のペルガモン王であったエウメネス二世によって建設され、その後もビザンチン時代まで温泉保養地として繁栄していました。ヒエラポリスとは王が妻の名前をとって付けたと伝えられ、これはこの時代の王や皇帝の一つステイタスだったらしいのです。

石灰棚に接したヒエラポリス姿図
四角部はバシリカ・市場
左の全体図で右上にある
シンプルな北ビザンツ門
遺跡の中心施設、
丘陵地の巨大な円形劇場
このような緩いけれど
存在感のある遺跡群が散在する

街は石灰岩の丘陵地の上に有り円形劇場も地形をうまく利用した構成です。内陸25kmにある植民都市は珍しいのですが、温泉都市としての立地からつくられたように思います。そのため独特の明るい雰囲気があります。

この遺跡と温泉の組み合わせによって円形劇場の直近に珍しい観光施設ができています。

遺跡の石柱などが転がっている上に温泉をつくってしまったのです。ゴロゴロした大理石の塊の上なので私たちから見るとあまり快適とは思えませんが、欧州の人々は嬉々としてこの温泉を楽しんでいます。

崩れかけた城壁:
民族の興亡を語っている
遺跡の上の温泉、
底は石柱などで凸凹なのに楽しそう

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